【五戒③】「感謝して」について

ナチュラルレイキ

こんにちは。知世です。

前回は、
レイキヒーラーとしての心の持ち方
【五戒】の2つ目「心配すな」について
書きました。

今回は【五戒】の3つ目「感謝して」
について書こうと思います。


感謝するのはどんなとき?

日常生活の中で、
感謝するのはどんなときでしょうか?

一般的な答えとして
誰かに何かをしてもらったとき
ですよね。

プレゼントをもらったとき
手伝ってもらったとき
助けてもらったとき
教えてもらったとき
やさしくしてもらったとき
1日いっしょに時間を過ごしたとき・・・



感謝するときには
「ありがとう」という言葉を使いますが 

漢字で書くと「有難う」。

有り難いこと。
「ある」ことが「むずかしい」こと。

つまり、「当たり前でないこと」です。

私たちにとっての「当たり前」は

一人一人が基本的に
自分のために生きていて

自分の楽しみのために生きて
自分の時間は自分のために使い
自分のお金は自分のために使う。

そんな考え方がベースになっているのかも
しれません。

だから、

あなたのお金を使って
あなたの時間を使って
私に何かしら与えてくれた。

有難う。


そんなような感覚で
私たちはふだん「ありがとう」という言葉を
使っているような気がします。



「ひとりぼっち」で生きていたら感謝できない?

ではこんな場合は、どうでしょうか? 


65歳の一人暮らしのおばあちゃんがいたとします。そのおばあちゃんは結婚せずにずっと一人で生活していて、両親は亡くなり、親戚も近くにおらず連絡もとっていません。

おばあちゃんは年金のみで生活していて、近所のスーパーに行く以外は1日中家にいます。近所に友達もおらず、ほとんどしゃべらない毎日を送っています。


・・・とても極端な例ですが、
この場合、このおばあちゃんは「感謝する」ことができないのでしょうか?

人との関わりが少ないおばあちゃんの
日常生活の中には、わかりやすく
「誰かに何かをしてもらったときの感謝」は
ほとんどないかもしれませんが

私はもう一つ「感謝の種類」が
あると思っています。

それは
自分が存在していることへの感謝」です。



「自分が存在していることへの感謝」とは?

さきほどのおばあちゃんが
「自分が存在していることへの感謝」を
するとしたら・・・


【食べ物編】

私は、毎日お味噌とごはんを食べる。

この毎日食べているお米、
誰が作ってくれたんだろう。

365日、稲の成長のことを考えて
暑い日も寒い日もお世話をして収穫して

そのお米をだれかが袋につめて
長い距離をトラックで運んで

スーパーでは重いお米を陳列して
レジでお会計をしてくれる人がいる。

有り難いなぁ。



【お金編】

私は働かなくても、
年金をもらって生活できている。

このお金は、
だれかが働いて手に入れたお金の一部だ。

そのおかげで
私は温かい家で、ごはんを食べて、
お風呂に入って、やわらかい布団で
眠ることができる。

有り難いなぁ。



【自然編】

今日も太陽がまぶしい。

この太陽のおかげで、植物が育ち
その植物を食べる動物が育ち
その動物を食べる動物が育ち
それらを食べる私は生きることができる。

太陽がもし、
あとちょっと地球から離れていたら。

太陽がもし、
あとちょっとだけ温度が低かったとしたら

地球で人間は生きられない。

有り難いなぁ。



【自分の誕生編】

今はもう会うことができないけれど

今私が生きているのは

父と母が結ばれて
母がお腹を痛めて私を産んでくれたからだ。

赤ちゃんを育てるのは大変だ。

私がまだ1人で生きられない時期に
父や母やその他たくさんの人に
お世話をしてもらったから
今私はちゃんと大人になって生きている。

そして、
その父を産んでくれた両親
その母を産んでくれた両親

その両親たちを産んでくれた両親。

どこか少しでもとぎれてしまえば
私は存在しなかった。

有り難いなぁ。



・・・例えをいくつかあげましたが
まだまだ無限にあります。

私たちの日常は「奇跡でできている」といっても過言ではなくて、

こうやって身の回りを深く見ていくと

私たちの周りには「当たり前」のことなんて
1つもありません。



「私には、今感謝できることなんて1つもありません!」

なんて言いたくなる環境で生きている時期であっても、

感謝できることは
生きている限り、たくさんあります。



「足るを知る」こと

私はたまに
「足りない」モードになるときがあります。

私には○○がない。
○○があればいいのに。
○○だったらいいのに。

などなど、欲望がうずまいて

なんだか焦ってイライラしてしまったり
なんだか幸せを感じられない時は

「感謝」を忘れてしまっているサインです。



「誰かに何かをしてもらったときの感謝」は
自分の外側からやってきます。

「何かをしてもらった」その瞬間に
「ありがとう」と感謝するので
忘れることはありませんが

「自分が存在していることへの感謝」は
ついつい「当たり前」になってしまって
忘れてしまいます。


そんなとき「五戒」を唱えてみる。

「感謝して」という言葉を唱えたとき
「自分が存在していることへの感謝」を
思い出すようにする。


最近、感謝を忘れていたなって思ったら

自分の周りにある「有り難いこと」に
思いを馳せてみる。

すると「私は幸せだな〜」という感覚が
戻ってくる。



私にとって「五戒」の「感謝して」は

「自分が存在していることへの感謝」を
思い出して

「足りない足りない」と
焦っていた気持ちを

「今の状態で満ち足りている」という、ニュートラルな気持ちに戻してくれる言葉です。



今の状態は足りないから、
もっとがんばらなきゃ!と焦るよりも

今の状態で十分だけど、○○だったらもっといいな♪という感じで日々やっていくと

必死になりすぎず肩の力を抜いて
なんだか楽しみながら
向上していけるような気がします。



では、今日はこのへんで♪

最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

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